大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)154号 判決

被控訴人菅谷は大成建設株式会社に雇われ、本件家屋に居住して同会社の東京本店に勤務していたところ、同会社から作業所の職長として福岡支店に転勤を命ぜられ、当時は短期間で帰京することができる予定で、昭和二七年七月一五日頃単身赴任したが、福岡支店の勤務が予定より長引くことになつたので、昭和二八年一月三〇日妻千代も子供と共に、福岡の被控訴人菅谷のもとに転居するにいたつたこと、被控訴人菅谷は、妻子が転居する際、妻の弟である菅谷武に依頼し、同人の世話で、同人方の従業員で且つ被控訴人菅谷と同郷人である被控訴人平岡を留守番として本件家屋に居住させたこと、被控訴人菅谷の妻千代は転居に際して、被控訴人平岡を伴い、隣近所に、「福岡に二、三年ばかり行つてくるが、帰るまで被控訴人平岡を留守番にするから、よろしく頼む。」との趣旨の挨拶廻りをし、家財道具の一部は福岡に運び、不用の品は売り払つたが、残部は本件家屋に残し、又は千代の姉の家に保管を托したこと、昭和一四年以来本件家屋に居住していた被控訴人菅谷はここに永住したいと考え、昭和二六年八月二一日国から本件家屋の敷地五四坪五合の払下を受けたばかりでなく、(但し、右土地は昭和三二年三月五日公売処分に附され、控訴人の所有に帰した。)その後度々諸橋成祐との間に本件家屋売買の交渉をしたことがあつたこと、被控訴人菅谷は、福岡に転居後も、本件家屋の賃料を、昭和二八年四月分までは諸橋成祐に支払い、その後の分は控訴人のため弁済供託し、本件家屋に帰居することを希望しながら、現在にいたるも勤務の都合で、それができないでいること、なお、被控訴人菅谷が前記物置等を取りこわしたのは、それが古くなつて不用になつたので、薪にするためであつたこと、が認められ、以上の事実に徴すると、被控訴人菅谷はいぜん本件家屋に帰住する意思でいることが認められ、本件家屋の賃借権を放棄したものとは、とうてい認めることができない。

しかるところ、控訴人は、「被控訴人菅谷が、昭和二八年一月三〇日福岡に転居すると同時に、無断で本件家屋を被控訴人平岡に転貸したので、昭和三一年二月二九日の本件口頭弁論期日において、被控訴人菅谷との間の本件家屋の賃貸借契約を解除した。」と主張するのである。しかし、右のような転貸の事実を認めるに足りる証拠がなく、被控訴人平岡は、被控訴人菅谷の依頼によつて、その留守番として本件家屋に居住するものであることは、既に認定したとおりであるからたとい控訴人が右賃貸借契約解除の意思表示をしても、なんら効力がない。

(角村 菊池 吉田豊)

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